イベントーク」は、愛知芸術文化センターの開館記念事業の一つとして始まって以来、好評を得、毎年継続的に
開催している愛知県文化情報センターのオリジナル企画である。シリーズを通し、一環して「身体」を統一したテーマに設定し、
芸術のジャンルを横断した複合的な構成を意図してきた。これまでに取り上げてきたジャンルは、舞踊、音楽、映像のほか、
演劇、美術、文学など、多岐にわたっている。また、年を経るにつれて、「土方巽」や「異形」「春の祭典」といった、
身体から派生する個別テーマに言及するようになり、思索的な深みを増してきたといえよう。
バッハ没後250年にあたる2000年、愛知芸術文化センターはオリジナル映像作品第10弾として石田尚志の
抽象アニメーション作品『フーガの技法』を制作した(2001年完成)。これは、J.S.バッハの同題曲を彼独自の音楽解析に
基づいて映像化した作品だが、楽譜を読み直接作画されたことが物語っているように、一種の映像による演奏ともいえ、また
音楽解釈を提示する試みだということができる。
今回の「イベントーク」は、この音楽を内包した映像作品を受けて、ライブによる音楽の演奏や、詩の朗読を
合わせて舞台化し、これを外へと開いてゆくことで、さらなる展開と可能性を探りながら、バッハの『フーガの技法』に
迫ることを意図した。
J.S.バッハの晩年の曲といわれる『フーガの技法』は、今なお謎の多い作品である。例えば、正確な作曲年代は
不明であるし、演奏に用いる楽器も特定されていない。またこの曲は、一般に未完であるとされているが、そのことについても
研究者の間では様々な議論がなされている。ただ、それだからこそ人々にいっそう興味を抱かせ、魅惑し続けていることは
間違いない。この催しでは、石田の映像作品が企画の出発点になったことにより、バッハの現代性に言及する志向性が生まれ、
チェンバリスト・中野振一郎と詩人・吉増剛造の参加によって、多角的な視点から『フーガの技法』を検証することになった。
これは、かつてのポスト・モダン的な文脈における表層的な引用とは異なる、実証性や対象への深い読解というアプローチに
おいて、その超克が強く意識化されていたといえよう。
「イベントーク」はこれまで、パフォーマンスとトークが一体となったスタイルにより、「身体」という、
親しみやすく、かつ哲学や思想の領域でも関心の高いテーマを据えて、様々なジャンルを横断、融合した、芸術への新たな
視点を提示してきた。今回の企画では、バッハの『フーガの技法』を共通項に、音楽における演奏や、アニメーションに
おける作画、詩の朗読という、各ジャンルごとの異なる身体性のありようを提示することができた。また、音楽公演→映画上映
→詩の朗読→トークショーと展開してゆく構成自体が、バッハが用いた、単一主題の重層的な展開による、フーガ(対位法)の
技法そのものでもあるという点で、この公演の知的、哲学的な到達の高さを賞賛する声さえ聞くことができた。文化情報センター
では、「イベントーク」の他に、コラボレーション型の公演を行うなど、ジャンルを越えた芸術のありようを追求してきたが、
今回はスタイルの上でも新しいアプローチとなり、意義深い成果を上げたといえよう。
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