中野振一郎
* 中野振一郎
 イベントーク Part10

 「J.S.バッハ 『フーガの技法』 をめぐって」
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2002年1月30日(水) 愛知県芸術劇場小ホール   司会・監修/萩原朔美(多摩美術大学教授)
Act.1 : コンサート チェンバロ独奏とお話 中野振一郎
曲目:  ヨーハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)
『フランス組曲』第2番 ハ短調 BWV813[アルトニコル版]
  〈アルマンド/クーラント/サラバンド/エール/メヌエット/ジーグ〉
『イタリア協奏曲』 ヘ長調 BWV971〈速度表示なし/アンダンテ/プレスト〉
『フーガの技法』 BWV1080より
  (1) オクターブ・カノン、 (2) 3度の対位による10度のカノン、 (3) 5度の対位による12度のカノン
  (4) 反行形の拡大のためのカノン、 (5) コントラプンクトゥス I
Act.2 : 映画上映
『部屋/形態』(石田尚志監督、7分、16mm、1999年)
『フーガの技法』(愛知芸術文化センター・オリジナル映像作品第10弾、石田尚志監督、20分、16mm、2001年)
Act.3 : トーク・ショー&詩の朗読
吉増剛造による、新作『石田尚志さんの心にむけて絵巻をひろげていくように一息に』の朗読
トークショー「J.S.バッハと『フーガの技法』をめぐって」
出演:石田尚志(映画監督)、中野振一郎(チェンバリスト)、吉増剛造(詩人)

 イベントーク」は、愛知芸術文化センターの開館記念事業の一つとして始まって以来、好評を得、毎年継続的に 開催している愛知県文化情報センターのオリジナル企画である。シリーズを通し、一環して「身体」を統一したテーマに設定し、 芸術のジャンルを横断した複合的な構成を意図してきた。これまでに取り上げてきたジャンルは、舞踊、音楽、映像のほか、 演劇、美術、文学など、多岐にわたっている。また、年を経るにつれて、「土方巽」や「異形」「春の祭典」といった、 身体から派生する個別テーマに言及するようになり、思索的な深みを増してきたといえよう。

 バッハ没後250年にあたる2000年、愛知芸術文化センターはオリジナル映像作品第10弾として石田尚志の 抽象アニメーション作品『フーガの技法』を制作した(2001年完成)。これは、J.S.バッハの同題曲を彼独自の音楽解析に 基づいて映像化した作品だが、楽譜を読み直接作画されたことが物語っているように、一種の映像による演奏ともいえ、また 音楽解釈を提示する試みだということができる。

 今回の「イベントーク」は、この音楽を内包した映像作品を受けて、ライブによる音楽の演奏や、詩の朗読を 合わせて舞台化し、これを外へと開いてゆくことで、さらなる展開と可能性を探りながら、バッハの『フーガの技法』に 迫ることを意図した。

 J.S.バッハの晩年の曲といわれる『フーガの技法』は、今なお謎の多い作品である。例えば、正確な作曲年代は 不明であるし、演奏に用いる楽器も特定されていない。またこの曲は、一般に未完であるとされているが、そのことについても 研究者の間では様々な議論がなされている。ただ、それだからこそ人々にいっそう興味を抱かせ、魅惑し続けていることは 間違いない。この催しでは、石田の映像作品が企画の出発点になったことにより、バッハの現代性に言及する志向性が生まれ、 チェンバリスト・中野振一郎と詩人・吉増剛造の参加によって、多角的な視点から『フーガの技法』を検証することになった。 これは、かつてのポスト・モダン的な文脈における表層的な引用とは異なる、実証性や対象への深い読解というアプローチに おいて、その超克が強く意識化されていたといえよう。

 「イベントーク」はこれまで、パフォーマンスとトークが一体となったスタイルにより、「身体」という、 親しみやすく、かつ哲学や思想の領域でも関心の高いテーマを据えて、様々なジャンルを横断、融合した、芸術への新たな 視点を提示してきた。今回の企画では、バッハの『フーガの技法』を共通項に、音楽における演奏や、アニメーションに おける作画、詩の朗読という、各ジャンルごとの異なる身体性のありようを提示することができた。また、音楽公演→映画上映 →詩の朗読→トークショーと展開してゆく構成自体が、バッハが用いた、単一主題の重層的な展開による、フーガ(対位法)の 技法そのものでもあるという点で、この公演の知的、哲学的な到達の高さを賞賛する声さえ聞くことができた。文化情報センター では、「イベントーク」の他に、コラボレーション型の公演を行うなど、ジャンルを越えた芸術のありようを追求してきたが、 今回はスタイルの上でも新しいアプローチとなり、意義深い成果を上げたといえよう。


 * 中野振一郎



 * 吉増剛造(左)、石田尚志(右)



 * 左より、萩原朔美、石田尚志
   中野振一郎、吉増剛造



 * 吉増剛造



  石田尚志『フーガの技法』(2001)

 トークショーの終盤で、吉増は「聞こえてこないテーマが見えてくる」という主旨の発言をしている。それは、 今回の「イベントーク」においては、「身体」というテーマは企画の基調をなすトーンとして沈潜し、そのことが様々な隠された テーマを導き出すことにつながったことに言及しているかのようである。「イベントーク」は、企画として、また新しい段階に 踏み出してゆくことが出来たのかもしれない。

(越後谷卓司)
* 印の公演記録写真撮影 : 南部辰雄

プロフィール

石田尚志
1972年東京生まれ。絵画作品を制作するとともに、絵画に時間性を導入する考えに基づいた、 抽象アニメーション映像作品を手掛け、国内外で多くの発表の機会を持つ。
また、音楽への深い造詣を持ち、ダンサー能美健志の舞台美術を手掛けるなど、 異ジャンルへの関心も強く持つ、若手の有望作家のひとりである。

中野振一郎
1964年京都生まれ。86年桐朋学園大学音楽学部の演奏学科(古楽器専攻)を卒業。
現在、最も活躍している音楽家の一人。 99年2月のドイツ招聘演奏旅行でコレギウム・ムジクム・テレマンを率いて聴衆を沸かせ、ソリストとしてのみならず、 オーケストラの音楽を構成するディレクターとしての魅力も国際的にアピールした。

吉増剛造
1939年生まれ。慶応義塾大学文学部卒業。大学在学中に「三田詩人」を復活させ、詩作活動に入る。64年に、詩集『出発』を 刊行。60年代末から、詩の朗読を開始。最近の著作に、『燃えあがる映画小屋』、『剥きだしの野の花』。バッハについては、 かつてこれをモチーフにした詩『独立』を執筆している。

萩原朔美
1946年生まれ。67年、演劇教室「天井棧敷」に参加し、演出家として活躍。 以後、実験映画、ビデオアート、版画作品などを制作、発表するほか、 トークショーのコーディネートなども手掛け、多彩なマルチ作家として評価を受ける。 近著に『演劇実験室 天井棧敷の人々』、『小綬鶏の家』、『水の階段』がある。
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