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ホフェッシュ・シェクター・カンパニー『Theatre of Dreams』進化する魅力的な悪夢の果てには(コラム)
2026.10.09
疾走する予測不能な動き、魂を揺さぶるビート。イギリスを代表する振付家であるホフェッシュ・シェクターが、さらに進化して「かつてない劇場体験」とともに戻ってくる。
文=乗越たかお(作家・ヤサぐれ舞踊評鍵家)
深まるホフェッシュの世界
ホフェッシュ・シェクターは、代表作『ポリティカル・マザー』の2度にわたる来日公演で日本でも多くのファンを掴んでいる。近年ではセドリック・クラピッシュ監督映画『ダンサーイン Paris』(原題『Encorps』2023年公開)で見た人もいるかもしれない。映画自体は「クラシック・バレエのダンサーが怪我をして人生に絶望するが、コンテンポラリー・ダンスを知って復活する」という、水戸黄門並みに定型のストーリーではあるのだが、ホフェッシュは本人役として登場し、映画用に特別な『ポリティカル・マザー ザ・コレオグラファーズ・カット』を披露しているのである。
ホフェッシュはバンドでのドラマー経験もあり、作曲も自分でこなす。強烈なロックのビートと、見たことのないユニークな動きが有名だった。だが今回の来日公演の『Theatre of Dreams』ではさらに、描く世界が深まっているのである。タイトルの「夢の劇場」からは、何やらほんわかしたイメージが伝わってくる。しかしそれがとびきり美しく、墜ち続けていく悪夢だとしたら......?そんな、ほかに類を見ない体験となるのがこの舞台なのである。

Photo.Tom Visser
繊細、爆発的、抑制されたユニゾン
開演前の舞台。もちろん幕が閉じられている。そこへひとりの男が現れると、幕の下部だけがまくられて、小さな空間ができる。潜り込む男は、まるで劇場に呑み込まれるようだ。そして劇場内にはずっと、かすかにしかし重く脈動する音が鳴り続けている。
ここから展開されることは、多くの人が抱く「ダンス」の領域を越えている。少なくとも「流行の歌に合わせて速く・強く身体を動かすことがダンスだと思っている人」は、衝撃を受けるにちがいない。幕が少しだけ開いたり、不意に暗転して再び明るくなるたびに、情景がガラガラと変わり続ける。3人でゆっくりと繊細で少しコミカルな動きを重ねていたかと思うと、暗転後に突然爆発的なエネルギーで踊りまくるダンサーたちが姿を現す。カットアップで次々に切り替わるシーンは、人間の夢や深層心理のように脈絡がない。
ホフェッシュの爆発的なダンスのエネルギーはそのままに、本作ではさらに抑制的で細かく変化し続けるユニゾンが観客を魅了する。しかも整然としたユニゾンは、カオスのなかに不思議な秩序ともいうべき静けさをもたらすのである。観客にとって「自分が理解できない秩序」は、漠然とした不安や恐怖をかき立てる要因になる。何が起こっているのかわからぬまま変わり続けていく状況が、さらに拍車をかけていく。特に怖いのが、時折ふっと客席に向けられるダンサーたちの視線だ。目が合ってしまう。いわゆる「第4の壁(演者と客席を隔てる目に見えない境界)」を超えて、観客は傍観者という安全な位置に留まることを許されない。

Photo.Todd MacDonald
劇場が見る夢は
短いシーンを次々に切り替えていく構成で最も重要なのは照明デザインである。トム・ヴィッサーの照明はテンポよく舞台上を切り取って見せ、単調にならず、かといって照らしすぎずに半覚半睡の空気感を保っている。最初に悪夢的なダンスが展開するアクティングエリアは暖色系の光で比較的穏やかなダンスが続く。しかしその奥の幕が開くと寒色系のライトのエリアが現れ、猛り狂うようなダンスがあふれ出してくるのである。この「進化する悪夢」に、観客は舞台の奥へ奥へと「墜落」していくような錯覚に陥る。
動きはつねに寸断され、ときに繰り返される。不意の暗転で情景を切り替え続け、高速で移動しては視界を切り取る幕。舞台美術は排除され、映像も投影されない......。劇場とダンサーだけで見せきる、計算され尽くした構成となっている。これは、本作で劇場自体が重要な「出演者」の役を担っていることを示している。タイトルの『Theatre of Dreams』は「夢の劇場」のみならず「夢見る劇場」ともとれるが、この「悪夢」は、人ではなく劇場が見ているものかもしれないのだ。
数え切れないほどの人間が想像力を注ぎ込み上演を重ねてきた劇場に、ついには人間のほうが取り込まれてしまう。冒頭で感じた「ダンサーが劇場に呑み込まれる感覚」が思い起こされる。前半ずっと鳴り響いていた重低音は劇場そのものの脈動ではないのか。
人は舞台芸術を求めずにはいられない宿痾(しゅくあ)があり、世界が不穏な今こそ、劇場の重要さを我々はあらためて認識させられている。夢の果てにあるものとは......。本作は単なる身体表現の鑑賞ではなく、知覚・空間・制度を巻き込んだ総体的な体験である。心の奥底の、誰にも触れられたことがないような場所を、わし掴みにしてくる作品なのだ。ぜひ見逃さないでほしい。
ホフェッシュ・シェクター・カンパニー
『Theatre of Dreams』
2026年10月16日(金)13:30開演
17日(土)15:00開演
愛知県芸術劇場 大ホール
公演情報 https://www-stage.aac.pref.aichi.jp/event/detail/20261016hofesh.html
<埼玉公演>
2026年10月23日(金)19:30開演
24日(土)14:00開演
25日(日)14:00開演
彩の国さいたま芸術劇場 大ホール